番号を電話帳に載せていないケースだ
——今がちょうど、そのあたり—— そんな気がする。 ——核爆発を使って台風の進路を変える話があったけど、あれ、どうなったのかしら—— マドカはとりとめもない想像をめぐらす。 多分、無理だろう。方法として可能であっても核爆発はそう簡単にできることじゃない。世論の反撃を食う。 ——台風のほうはともかく—— マドカとしては殺人のほう……。 洋の恋人。まだ本当の恋人にはなっていない。名前を……かりに彩子さんとしよう。 それが初恋の人の名だと、いつか洋が言っていた。 想像をめぐらすためには名前がないと実感がとぼしい。洋の恋人は、一生のスパンで考えれば何人もいるかもしれないけれど、右代表、みんな彩子さんでよい。 彩子さん殺し。言ってみれば、台風が本土に上陸する前に消滅させてしまう計画……。 もちろん洋は彩子との関係を妻には隠している。だから妻のほうも知らないふりをしている。 ——彩子の存在をどうやって知ることにしようかしら—— 興信所に調査を依頼する……,オークリー アウトレット。 月並すぎてあまりおもしろくない。 思案をしているとき、職場の仲間からおもしろい話を聞いた。「電話料金がなんだか急に高くなったのよね。変だと思ってNTTに問いあわせたら、子どもが、北海道に家出した友だちとこっそり連絡をとっていて……」「へえー。でも、どうして北海道にかけてるって、わかったの」「NTTが一か月分のリストを送ってくれたの。家からどこへ電話をかけたかって。相手の電話番号をずらーッと」「えっ、そんなことできるの」「頼めば、やってくれるみたいよ」「ああ、そうか。できるでしょうね」 よくはわからないけれど、機械の操作としては、少しもむつかしいことはあるまい。「〇一一なんて局番があるものだから〓“これ、なによ〓”って」「かけた電話のリストって、相当な数になるでしょ。一か月だと」「それほどでもないわよ。だって、そうでしょ、家の電話なんて、かけてるようでも一日に四、五本しかかけないし……。むこうからかかって来るのはべつだし」「私んとこなら、もっと少ないわ。二人ともあんまり家にいないから」 話しながらマドカは考えた。 ——プライバシーの侵害にならないのかしら—— でも、他人が知るわけじゃない。自分のかけたものを自分で知るのだから……。 ——しかし、電話局は知ることができるわけね—— そのへんはどうなっているのだろう。 もともと電話なんて、そうきっかりと秘密が守られているものではあるまい。 ——夫婦のあいだにだってプライバシーはあるわ—— そう思ったとたん、いつもの想像が突風みたいに頭の中を走りぬけた。 ——家からかけた電話のリストを見ればいいんだわ—— 洋が恋人の彩子に連絡をとっている,オークリー サングラス 激安。洋が家にいてマドカが留守のとき、きっと電話をかけているだろう。 一か月のリストというと……百五十個くらい、かけた先の電話番号が並んでいる。 ——これはお寿司屋。これは百合子さんのとこ。これは洋の会社—— 一つ一つ消して行く。 いくつか残る。 相手が彩子なら、月に、たった一回ということはあるまい。リストはコンピューターがやっている仕事だろうから、電話をかけた日時も記録されているだろう,オークリー ゴーグル。 だったら、あやしい電話番号はすぐにわかる。局番から判断して、 ——杉並区だわ—— 局番のありかが彩子の自宅ではないかしら。 電話をかけてみよう。「はい、西峰です」 答えてくれたら、相手の姓がわかる。 西峰というのは、今、子どもがこっそり北海道に電話をかけていたと、その話をしてくれた同僚の苗字だけれど……かりにそれを借用しよう。 ——小説家は、どうやって登場人物に名前をつけるのかしら—— 似たようなことをやっているにちがいない。 西峰彩子、これで相手の姓名がわかった。 杉並区の電話帳で西峰の姓を捜してみる。 ——たくさんあるかしら—— そう多くはあるまい,オークリー 店舗。西峰彩子という名は記載されていないだろう。女の人が自分の名を電話帳に載せている例は少ない。 そこで道が二つに分かれる。 電話帳にその番号があって、だれか男の人の名でも記してあれば、彩子は家族と一緒に暮らしている。人妻かもしれない。 番号が見当たらなければ、これは一人暮らしの可能性が強い。番号を電話帳に載せていないケースだ。 多分こちらのほうだろう。こっちの道を行こう。 そのとき、住所を知る方法は……? 雑誌記者をやっていると、こういうことには知恵が働く。電話をかけ、「西峰さんですか? 宅急便なんですけど、ちょうどご住所を記したところが雨に濡《ぬ》れちゃって……」 と尋ねれば教えてくれる。 こっそり訪ねて行ってみよう,サングラス オークリー。さりげなく様子をうかがうだけ……。 杉並区のマンション。いかにも若い女が一人で暮らしているみたい……。 見張っていれば、彩子の顔を見るチャンスくらいあるだろう。 二十六、七歳。-------------------------------------------------------?mod=viewthread&tid=2829550&pid=3445588&page=1&extra=page=1#pid3445588
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朝鮮語では、《チヨゲ》、《ペ》
という音には、石の他に、“溝《みぞ》、水路、穴を穿《うが》つ”などの意味がある。そして水という漢字は、本質的に凹みや溝に沿って低い所へと流れること。同系のことば遂は、水を導く細長い溝で、奥へ奥へと進むことをさし、“遂道”となると墓穴に導く長い洞穴となる。とすれば、石水とは、穴を穿って低く、奥へ奥へと行きついた場所、つまるところは、墓穴を言っているのではないだろうか。石水之貝だが、貝は中国語では、左右にわれる二枚貝をさしており、二つに割れることを意味している。朝鮮語では、《チヨゲ》、《ペ》。動詞になると、《チヨゲダ》(さく、分ける)、《ペダ》(滅びる、亡くなる)など、やはり分かれるという共通の意味を表わしている。 日本でも、平安時代、“貝合せ”の遊びが貴族の間で盛んに行なわれた。これは貝殻《かいがら》が必ず一対だけしか合わないという特性に着目したゲームである。「ベターハーフ」を願う婚礼調度の重要な仕度品の一つにもなっていた,モンクレール ダウン レディース。中国、朝鮮でも、貝は二つに割れる、またくっつくという見方に立っていた。人麻呂の妻にとっては、自分と夫、人麻呂が二枚貝のように対をなしてよりそっているものだったのに、石川の貝に交って分かれてしまったというのである。 貝の朝鮮語は同音で、“ともがら”を意味する「輩」(似たものが並ぶこと)と対応し、友、仲間を表す漢字「朋」(貝をひもでつらぬき、二筋並べたさま)と語義的に対応する。石川の貝に交ってしまったという部分は、この世から別れてあの世の人になってしまったと解釈できよう。「交」、×型に交叉《こうさ》しているこの漢字の形は、何だかねじ切られ、ひきちぎられていくようなイメージだ。 ここまで考えてきたとき、私の眼は辞書の泉という文字に吸い寄せられていった。これは狭い穴を穿つようにして水の涌《わ》きでるさまを描いた字だ。とりもなおさず、石水を髣髴《ほうふつ》とさせる。 泉と言えば、“黄泉”とか“泉路”というように、あの世を指す。しかも一見、白と水のたしあわせに見えることが渦巻き()の激しく渦まき、白い飛沫《ひまつ》をあげる水とダブってくる。 さて、「貝」が、“一に云《い》はく”つまり、別の写本では、「谷」となっているというのだ。この漢字も、また水源の穴から水がわかれでることを示している。朝鮮語の谷《コル》は、深い洞穴を意味し、“深穴に入る”という意味が、死ぬことにつながってくるのである,モンクレール 通販。「貝」に交っていくということが意味していた死のイメージを、同じく“かひ”とふられている「谷」も示していることがわかる。カヒは貝でもあり、同時に谷でもあった,モンクレール 店舗。二つに分かれる二枚貝も、穴を分けて出る水源も“分ける”意では同じ状態を表している。“ふたをして封じる”ということは、貝そのものの状態でもある。 鴨山の歌で見たKAP?KAM系の音の意味とまったく同じである。二枚の貝殻に封じられている貝、山と山とに挟《はさ》まれている谷。“かひ”と訓まれていることに、何の不思議もないのである。 この歌は、全体的には、朝鮮語色が強いようだが、実は、それは冒頭から始まっていたのだ。-------------------------------------------------------?mod=viewthread&tid=155428&pid=177201&page=1&extra=page=1#pid177201